歳をとってやってはいけないことは説教・昔話・自慢話の3つだそうですが、50代の自分としては、確かに納得させられるものがありますね。
ただ、それらがすべて嫌われるということでもないと思います。
嫌われない関係性の中で、嫌われないタイミングに、嫌われない話し方ができるかどうかではないでしょうか。
説教・昔話・自慢話が嫌われる理由
若い人に説教・昔話・自慢話が嫌われるのは、おおむね以下の理由からではないかと思います。
説教
説教というのは、「相手に持論を押し付ける行為」ですからね。他人からそういうことをされて嬉しく思う人は、まずいないと思います。
もちろん、説教が必要な場合もあると思いますので、そういうときは説教をしないといけないわけですが、するにしても、長々とした説教や人前での説教は控えるべきでしょうね。
今の時代、そういった行き過ぎた説教はパワーハラスメントになりますので。
昔話
若い人にとって、年長者の昔話には共感できるところが少ないのだろうと思います。
昔話を懐かしく思うのは、昔話をしている年長者と、その人と同世代の人たちだけですからね。
話しの中に、懐かしさ以外の何かがないと、若い人に受け入れられない昔話になってしまうのだろうと思います。
自慢話
いわゆる武勇伝なども含め、そういった話しを自分で口にしてしまうと、お安い感じがしてしまいますからね。
話している本人は気分が良いかもしれませんが、聞いている人たちは一歩引いてしまうのだろうと思います。
嫌われない説教・昔話・自慢話
また、以下のようなことに気をつけると、若い人から嫌われない説教・昔話・自慢話になるような気がします。
相手との関係性
説教・昔話・自慢話は、どれもコミュニケーションですので、相手との関係性が重要だと思います。誰しも、嫌いな相手の話しは聞きたくないですからね。
タイミング
また、コミュニケーションにはタイミングも重要だと思います。
相手が自分の話しを聞ける状態かどうか。あるいは、自分の話しを聞きたがっているかどうかを見極めてから話しをすると良いと思います。
上手な話し方(トーク力)
そして、話し方も重要だと思いますね。どんな話しでも、ダラダラと話し続けるのは良くないです。相手が飽きないうちに自分の話しが終わるようにすると良いと思います。
また、特に昔話では、若い人が共感できるような臨場感のある話し方ができるかどうかがポイントになると思いますね。
年長者の昔話を聞いて、若い人の頭の中に、話しの中のワンシーンの光景が思い浮かぶかどうかがポイントになると思います。
それがあれば、自然と気持ちが引き込まれるでしょうし、話しに共感してもらえると思います。
自分が若かった頃はどうだったか
ということで、改めて自分が若かった頃を思い返してみましたが、確かに説教は嫌でしたね。
理不尽な説教もありましたし、「もう分かりましたよ」と言いたくなるくらい長い説教もありましたし、恫喝かと思えるくらい詰められたこともありました。
たぶん、そういう性格なのだろうと思うのですが、怒ると止まらないような人もいますからね。
まあ、懐かしいと言えば懐かしいですが、嫌な思い出ではあります。
ただ、昔話は嫌いではなかったですね。
語彙力が高いからなのか、言い回しが上手いからなのかはよくわかりませんが、聞いていて飽きない話しが多かったので、自分のほうから、「何か面白い昔話しはないですか?」と聞いていたくらいでした。
また、自慢話も嫌いではなかったですね。
過去の栄光を見せびらかすような話しではなくて、自分にもこういう時期があったといった感じの話しだったのと、それに関連したちょっとしたアドバイスもあって、わりと参考になっていたので嫌いにならなかったのだと思います。
時代に合わせた生き方が必要
いずれにしても、自分が若かった頃と歳を取った今とでは「時代が変わっている」ということを認識することが大切だと思いますし、今の時代に合わせた生き方が必要なのだろうと思います。
そうでないと、若い人と話しても噛み合わなくなりますよね。
また、昔と今とでは、若い人と上司や先輩たちとのコミュニケーションも随分と変わっていますので、そういうところも気をつけたほうが良いと思います。
自分が若い頃は、上司に誘われたら付き合うのが当たり前でしたし、まず間違いなく2次会はカラオケでしたし、上司や先輩とデュエットできないと肩身が狭かったですが、今は違いますからね。
また、今の時代にこういう価値観でいたら、若い女性から嫌われると思いますが、自分が若い頃は、「お酌は女性がする」というのが当たり前でした。
まあ、男性にお酌されるよりも、女性にお酌してもらうほうが美味しく感じるというのはあるのかもしれませんが、今の時代にそんな言葉を口にしたら完全にアウトでしょう。